ボクサー 小笠原一揆の自叙伝~奇跡~episode7

ボクサー 小笠原一揆の自叙伝~奇跡~episode7

この記事(自叙伝)は90年代にボクシングで活躍した元日本J・ウェルター(現:スーパーフェザー)級1位の小笠原一揆(おがさわらいっき)選手より依頼を頂き、便せん50枚以上の手紙をもとに編集した記事です。
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僕のプロフィール

1967年 12月11日生まれ O型 熊本県出身 18歳から25歳までプロボクサーをやり、その後は北海道にて幸せな生活を送るが、51歳の時に脳腫瘍で倒れて 15 年近くも勤めていた会社をリストラにあい(悩み苦しむ)。

その後、 コロの献身的な介護により奇跡的な回復をする。

現在失業中。

ボイラー整備士 の勉強中、除雪中、リハビリ中、静養中、充電中、冬眠中、音の治療中、少しの貯金と失 業手当でひっそりと生活中。

趣味のバラいじりです。北海道恵庭市は花の街です。

今日、コロの実家にお父さんの一周忌に行ってきました。

僕のことを、ご自分の命と引き 換えに守ってくれたお父さんの一周忌でした。

あれからもう1年もの歳月が流れたのです ね。

お父さんがきっと、僕とコロの事のことを守ってくれている気がします。

こんな僕でも一度だけコロに手を上げたことがあるのです。

その時、(じょっぱりの)コロは気が強くて謝りませんでした。

2回もコロの顔を平手で打ちました。

コロは泣きま した、女ですから、僕は 泣きながらタオルを絞ってコロの顔にすぐにあてがいながらコロを抱きしめました。

ごめんなさい、コロ許しておくれ。

コロよりもなによりも、愛して いるよ!こんな僕と一緒になってくれたコロ大好きなコロ!

それにしても、何でコロの お父さんは僕のことを、助けてくれたのだろうか?

何かをやれということなのでしょう か?

やり残した何かを、奇跡的に助かったこの命を大切に燃やして生きて行きたいのです。

僕にしか出来ない何かを探して、俺の道を、この道を「道」ですね。

近況

当時、チケットを沢山買っていただいた皆様、ありがとうございました。

何と言ってもコロに感謝です。

2020年2月15日。

毎日ロードワークで汗を流すうちに、少しづつ体の具合がよくなってきました。

親友の一人の上野君に宛てた手紙に奥さんへの励ましの言葉を添えました。

その言葉を今 は自分に向かって言いたいのです。

「大丈夫!大丈夫!なるようになる。良くなってい る!」がんばれ!自分、がんばれ!自分と。

本当はタイトルを取るべきだったのかも知れない、いや、タイトルを取れなかったからこそ今の自分があるのです。

コロとの出会いと、顔に感謝!今の人生に感謝です。

もちろん、真中さんあなたにも感謝です。

あれっ!そう言えば もう一節がありました。

長いことお世話になった長谷川トレーナーの血液型はO型のRHマイナスでしたが、そのコロも0型のRHマイナスだったのです。

これも立派な奇跡ではないでしょうか?真中さんの返事お待ちしております。

イオン系列のマックスバリューに火曜日の大安売りにまるで終戦後の買出しみたいに沢山の食料品の買い出しに行って来ました。

これで、今日はロードワーク2本分位のカロリーを消費したと思います。

そう言えば非日のテレビで、あのタレントさんを見ました。

お元気そうでなによりです。感謝感謝感謝です。

真中さんとは、いつか映画のハチ公物語の映画も一緒に見に行きましたね。

涙ぐんで見入っていた心のきれいな真中さんを覚えています。

後のまだ4回戦ボーイのとき勝てない僕に代わろうとおりもしてくれましたね。

大好きです。真中さん。

今日は 20 キロ以上も走ってきました。ランクルを預けている車屋さんに見に行ってきたのです。

明日はきっと足がパンパンでしょう。(でもなかったです)

歯医者のルカ先生よろしくお願いします。

歯の治療中なのです。

真中 哲也様

僕の脳の病院通いは続きます。

薬はもう呑まなくなりましたが、これからもずっ とずっとよろしくお願いします。

コロ、心から感謝しています。

21回目の結婚記念日は、 昨日でした。300円の安ワインで乾杯したねコロ。

なにより、ずっといつもそばに居てくれ るコロちゃんに感謝します。

月日は流れてなんと今日が結果発表の日でした。

残念ながら試験には落ちていました!すぐにまた試験を受け直します。

今度は何度でも挑戦します。 受かるまでです。

4ヶ月後に試験はあります。今度こそはと誓っています。

日本タイトルに 挑戦した時みたいにすぐに諦めたりはしません。

もう大人ですから、こんなに誰かに大事にされたことなどありません。コロありがとう。

プロボクシング元日本 Jr ウェルター級1 位(決して満足している訳ではない!それでも結構満足している!)

類まれなる僕の人生でした。

何かに没頭しているときだけが、自分が昔そんなことをしていたのかと忘れられる唯一のひと時でした。

ハッ!と気が付くともうこんな年になりましたし無くす物も隠すももう何も無いのです。

僕はプロボクサーだった。その事が奇跡です。

(真中さん、10年 くらい前に最後にいた会社の出張で山形県に行ったときに真中さんと一緒に興行をしていらした真中さんの仲良しの橋本さんと電話で少しお話をしました。お元気そうでした)退院後はずしていた結婚指輪をつけたら頭がすっきりしてきました。

今日はこれからハローワークにいってきます。

もちろんコロも一緒です。

何かいい事があるんじゃないかと思っています。

尊敬する美輪明宏さんの本を読んで人生とは苦なのだとしみじみ思いました。

修行の場なのです。

苦しんで苦しんでもうこの世に生まれなくても良いようになりたいのです。

ボクシングの美しい想い出は僕を苦しめます。

「ストレイトロ ード」という映画で見たお爺さんのセリフのシーンを思い出します。(思い出があるから苦しいのだ)と思い出はつらいものですね。

僕のくそ親父が亡くなりました。

コロと一緒に熊本まで葬式に行ってきました。涙は出ませんでした。

本家のお宅にお泊りしてきました。(多恵子おばさん、世話になりました)

ごみ屋敷になっていた実家をコロと二人で片付けて、お風呂に入って一晩泊まってきました。

うーじーと、上野君に会ってきました。(ご両家の子供たちにも)何十年ぶりかの里帰りで した。

入院中の母親とは残念ながら会えませんでした。(コロナウイルスのために)

うーじーが、香山君に合わせてくれました。

こうはん DVD のことはよろしくお願いします。

今日は疲れました。

ありがとうコロいつも、これからもずっとよろしくお願いします。

2020年3月17日火曜日 さっき郵便が来てこの僕が障害者2級になりました。

本当にどうして、 脳腫瘍なんかになってしまったのでしょうか?殴られすぎたのでしょうか?

精神障害者らしいのです。

真中さんからの返事おまちしております。

小笠原 一揆 拝

おわり